ガリガリに痩せていた白い仔猫がめぐりめぐって我が家にやって来ました。フロル(ラテン語で花の意味)と命名され、相棒アメショーのひじきも加わり、くりりん家での生活が始まりました。
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お知らせ
2007年10月31日 (水) | 編集 |
今まで猫と映画とその他ブログの3本立てでやってきましたが
(実際はここと映画はおざなり気味)
やはりちょっと手一杯なので
メインを通常ブログにしたいと思います。

猫ちゃんたちに関しては
通常ブログの方でアップしていきます。
その中で時間があったと時に記事をこちらに移すかも知れませんが
猫の様子を見に来てくれた方は

こちら

を覗いてみてください。

そんな感じでやってみて
不都合だったらまた戻る可能性もありますが
しばらくはよろしくお願いします。m(_ _)m
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ドクター・ヘリオットの猫物語
2006年12月25日 (月) | 編集 |
      20061224125004.jpg


 ジェイムズ・ヘリオット:著  集英社:発行  定価2000円

 もうお亡くなりになってしまってますが、もともと家畜が専門の獣医師、Dr,エリオットさんが書かれた、実際診察されたりして出会った猫ちゃんたちを、いっぱいの愛情で描いたものです。ちなみに「犬物語」もあるようです。

 日本と違って、豊かで広い生活スペースをもつ外国の猫たち。でも野良として生きる厳しさはどこも同じ。
 時にその生存を疑問視してしまうようなキズを負った猫を手術し、再生させ、自らの手で育てていくエリオット先生。でも猫たちは命の恩人である獣医を嫌って、懐こうとしないのです。とほっほなエリオット先生の悲哀。

 崇高な野良によせる尊敬。命を助けるためには、真剣なる闘いの日々。それでも消えていく命。

 愛だけでは小さき命を救えない。相手を認めなければ、身体の先も触れさせない気高い野生。
そんな彼らとの関わり合いに、一喜一憂するエリオット先生はステキだ。

 これも手元に置きたくなった一冊。何度でも読み返そう。
名前はフロル
2006年03月17日 (金) | 編集 |
 白猫ちゃんの里親になることが決まって、スキーを終えて日曜に帰宅してみると、家にはすでにトイレ、トイレ砂、爪研ぎ、キャットフード各種とりどりが揃っていた。・・・あまりの手配の早さに唖然。

 いやいや、実は私にそんなことは言えないのであった。何を隠そう、まだ猫探しの真っ最中、決まってもいないうちから私はこつこつと段ボール等を駆使して、猫ハウスを作成していたのだから・・・。
 「お母さん、こんなのまで作っちゃて、これじゃもう猫飼わないわけにはいかないね。」とか
「こんなに一生懸命作って、猫が入らなかったらお笑いだね」などと子供に言われ、夫からは「いいからほっときなさい。お母さんは自分が作りたくて作ってるだけなんだから」などと暖かい言葉をいただいて涙していた私である。

 猫がくるまでの一週間。私は図書館でどっさり猫の飼育関係の本を借りあさった。正確には飼ってもよいとお許しが出た時から借りまくっていたのだが、現実のコトになった今、夫もそれらの本を手に取るようになった。
 なにせ私たちは猫の生態を全く知らなかったのだから始めの一歩から勉強しなくてはならない。

 そしてなにより優先すべきは、名前を考えることだ。
 4人それぞれが思い思いの名前を考え出し合った。が、各人自己主張が強く、人の意見はことごとく却下しまくった。
 誕生日が近かったので、当初は命名権は私にあったはずなのに、息子も娘も人のアイデアは全て否定し聞く耳持たない。
・・・・・育て方をまちがっただろうか・・・。

 ちなみに夫はブラジル人のような「カカ」とか「モモ」、「キキ」「ジジ」または「テト」などをあげ、私も短い名前は賛成だったのでそれに「ヴィヴィ」を加えてみた。
 ♂なら「アズーリ(イタリア語で青)」、響きのいい「スラッシュ」、F1で好きだったマンセルから「ナイジェル」なんてのも考えたが、そうそう猫は♀なのだ。
 娘は「ミント」がいいと主張し、「ジジ」だの「ヴィヴィ」だのは絶対いやだと言い張った。
 本来は命名権は子供に託すのが正しい親のあり方だとは思うのだが、私もかなりわがままなので妥協はしたくない。だいたい猫を飼いたいと言い出したのは私であるからして・・・。(ぼそ)

 そんな時息子が「フロル」は?と提案。実は私もその名前は候補にいれておいたので(萩尾望都の「11人いる!」のフロルベリチェリ・フロルから連想)、それならいいかもと思い、娘もミントでないならそれでいい、ということでその名に決定。決まるときはあっさり決まるものだ。

 調べ物好きの夫はネットなどでその意味を検索。ラテン語で「花」、フローラから来ているとのことで、♀だし「花」、いいじゃんいいじゃんと皆納得した。
 しかしその際、ネットでは動物墓地「フロル」が検索でわんさか出てきたのだ。
動物墓地・・・・なんか不吉かも・・・。いいや「花」だよ、ラテン語だよ。私たちは「これは見なかったことにしよう」と検索画面をそそくさと閉じ、その事実を封印した。

 かくして我が家の白猫ちゃんは「フロル」と命名された。名付け親が息子であることがちとくやしいが(^^;)、まあ決まって何より何より。
それが私(フロル)です。
2006年03月11日 (土) | 編集 |
 MIX猫の保護主さんはI県の人だったが、私が住むS県のS市のボランティア団体に所属されていた。後で聞いた話、S市のボランティア団体はかなり活発な活動をしているということだった。・・・灯台もと暗し。

 MIX猫とは縁がなかったが、「探しているので、また何かあったら声をかけてください」と言ったことを気に留めてくださって、その後まもなく連絡をいただいた。
 「3ヶ月ほどの白猫。メス。目はブルー。今度の土日にS市の駅前でお披露目されます。良かったら見に行ってください」と。

 ところが残念なことに、私と息子はボーイスカウトのスキー活動でその土日は不在。今回は難しいとその旨伝えたが、せっかくの情報を無視するのも気がひけたので、お留守番の夫に「これこれこういうことだから、見に行けたら見に行ってみて」と言い残し、私と息子は旅立った。

 さて困ったのは夫だろう。自分は積極的に飼いたい人間ではないし、かといって見に行ったとして「この子でどうですか?」と言われたら「いやこの子は・・」と断ることは恐らくできないに違いない。(←正解)
 しかし奥さん(私)の「見に行けたらでいいからね。」は夫にとっては「見に行ってこい」と同義語らしいので、結局の所「別にそんなに飼いたくもない」夫は、駅前に足を運んだのであった。

 ゲージに入れられ、ほとんど微動だにしない成猫の中にあって、その猫だけが小さくあれこれと動きまくっていた。そこにはこの猫を保護した親子もいて、保護した状況を教えてくれた。 
 ガリガリにやせて彷徨っていたこの白猫は、保護した娘さんについて回り離れようとしなかった。そのあまりにも警戒心のない無防備さと、痩せた状況から過酷な日々を過ごしていた哀れさを思い保護したが、そのお宅は犬や猫がすでにいて、先住猫は猫エイズにかかっているために一緒に飼うことはできない。一刻も早く里親を見つけたいようだった。
 もし、夫が「うん」と言わなければこの猫は翌日には横浜の街頭で里親を捜し、それでも見つからなければインターネットで探すことになる。

 「見に来ている。目は青でかわいいよ」と夫からスキー場の私にメールが入る。
「あら、結局見に行ったんだ」(←いいかげんな人)

 しかしその夜「決めたから」とのメールが来た。そしてそれはまさに想定外のことだった。

 夫は自分では決められないと、遊びに出かけた娘をそこに呼び出し彼女に決めさせた。娘は実はすぐ飼えれば何でもよかったらしく、(と言うのは言いすぎか)見るなり「かわいい、この猫でいい」と親もあきれるほどの即決。今日にでも引き取りたいと申し出たが、目やに・くしゃみの風邪症状があるし、受け入れ態勢も整えなければいけないとのことで、一旦保護主の預かりとなった。

 メールで成り行きを教えてもらい、あまりにもあっけなく決まったことに面食らい、加えて白猫といっても夫の好まないイカニモなノラ猫である。

「本当にその猫でいいの?」
自分が見てないせいもあって思わず聞いてしまったメールに
「これも縁だから」と夫は返信してきた。

・・・・そうか、縁だよな・・・・。

 この「縁」という言葉が全てだ。きっと。

彼女が我が家にやって来るのはその一週間後のことになる。

 flor-3-11
(↑それが私です。保護された時はもっとがりがりでした。ちなみに後ろに写っているのはボランティアさん)
猫ちゃん、決定!
2006年03月05日 (日) | 編集 |
 目の前に対象となる猫がいて、さあこの子をどうする?ということであれば話は早いのだが、毎日毎日更新される猫から一匹を選択することはこのうえもなく難しい。一応、家族全員のOK もできればとりたい。(・・ただこのOKというのは実はさほど重要ではなく、結局飼ってしまえばどの子でも「おまえが一番!」になるのだということは後々実感)

 最初はシャム系ばかりに目がいっていたが、ある日これはという猫に出会った。アメショーMIX風、グレーの縞、3ヶ月半、♂。一応家族に画像を見せて、だめもとで応募。
 しかしただでさえ仔猫の少ない時期。ましてMIX猫ということで応募者は殺到したらしく、我が家は里親にはなれなかった。保護者の方と何回か連絡をとりあったが、お互いの都合も合わず見学することもできず、結局は縁がなかったということであきらめるしかない。
 でもこのことがきっかけとなって、我が家の猫ちゃんが決まることになろうとは・・・。縁はイナモノ、出会いの運命は着実に動いていたことになる。
猫さがし
2006年03月02日 (木) | 編集 |
 さて、猫を飼うにあたっての最大の関門は夫。小動物ならさほどの許可も必要ないけれど、さすがに猫や犬だとその意志を無視するわけにはいかない。おまけにはるかに小さい「鳥飼いたい」は却下されている。

 息子はペットなら基本的になんでもよく、「犬だ、犬だ」と騒いでいた娘も「マンションに吠える犬は無理!」で納得させることは可能。もともと娘は息子以上に飼えるなら何でもいい、な人なのだ。(それは後々顕著に表れてくる)

 ある日私は息子を手招きし、「ねえ、猫飼いたいよね~」とささやいた。息子は親がそんなこと言うなんて晴天の霹靂だったようで、すぐさま瞳をきらきらさせて「うん、飼いたい!飼いたいよね、猫」と言い、私の制止を振り切ってすぐに父親にもとにすっ飛んでいった。
「お父さん、猫飼ってもいい?」と直球攻撃。
・・・そして見事に撃沈・・・・・。

 「バカだね~。ものには順序、作戦てものがあるんだから」とその日から小細工開始。
 さり気なく猫の本を買ってテーブルの上に置いたり、ペットショップで仔猫の前で「かわいい~、飼いたいね~」とつぶやいたり、小さい頃シャムを飼ってたんだなどと昔話を持ち出したり・・・。
 しかし敵もさるもの、みごとに反応なし。こうなったら単刀直入に切り出すしかない。後は時期の問題。いつ、どうやって、どんなタイミングで?
 おまけに方々から複数飼いが良いとの情報を得て、私もその気にもなっていたがいきなり2匹なんて無謀すぎる。まずは猫を飼う、そのことを了承させなければ・・・。さてさてどうする。

 もんもんとすること三ヶ月あまり。娘の学期末試験が終わった頃を見計らって、ついに告白。
「猫飼いたいからね。いいでしょ」。

 夫の反応 「はあ?なにそれ」
ついでに、「どこにも出かけられなくなるぞ」「臭いぞ」「家がめちゃくちゃになるぞ」と一通りのネガティブ意見を述べた後「お父さんに決定権はない」とあっけなく了承。あ~意外。あ~むちゃむちゃ緊張した~。でも良かった~。

 そして晴れて猫さがしが始まる。

* * * * * * * *  *

 猫を探すには、1、ペットショップなどで買う。(手っ取り早いが高い)2、偶然捨て猫に出会い拾う(確率的に非常に低い)3、ボランティア団体などからもらう(難しそう)4、ネットで探す。などが考えられた。
 まずペットショップで買うということは選択肢にはなかった。だいたい十数万から二十万ほどのお金を出して買う気はない。(というより金がない)
 ネット友だちのサイトにリンクされていた里親募集を毎日覗いたり、シャム猫無料掲示板を覗いたり、もうひたすら「無料」にこだわったのは、不幸な猫を救いたいというよりもお金がないからというのが正直なところ。半ば強引に飼うことを許可してもらった負い目もあって、散財することは考えられない。

 ところが時期は折しも3月の始め。今ようやっと仔猫が生まれてくる時期とあって、どのサイトを覗いてもなかなか仔猫には巡り会えなかった。飼えば長くて20年ぐらいは我が家の一員となるからには、やはり少しはこだわりたい。
 以前シャムを飼っていた私はなんとなくシャムなどのMIX、色はグレー系を希望。息子はなんでもいいらしく、娘はとにかく仔猫。夫はなんでもいいがドラや茶トラ猫だけはやめてくれと言う。(これには理由があるらしい)

 なかなかこれという猫を見つけられない時、ネット友だちからショップでもシーズンだと2~3万でMIXが出ることもあるよとの情報をいただいた。でもそれは猫があふれ出す4~5月頃。
 実はすぐにでも猫が欲しかったのは私で、猫の飼育が落ち着いたらまたパートに出たいと思っていたのだ。そのためには5月頃なんて遅すぎる。・・・でも仔猫はいない・・・・。もんもんもん。

私の猫歴
2006年03月01日 (水) | 編集 |
 小学校低学年の頃、飼っていた紀州犬の「ゆき」が病死して以来、「もう生き物はいや」と母が宣言したので長いペット無しの生活がその後続いた。
 しかしそんな我が家も猫を飼っていた時期がある。私が物心付く前だから、○ン十年前ということになりますが・・・。

 その猫はシャムの♂で、名前をSON(息子)といい、アメリカの駐在兵が飼ってそう呼んでいたものを帰国する際に手放し、なにかのつてあって我が家にやって来た猫である。
 それはきれいで見事なシャム猫だったそうだが、当時母も忙しくSONは日中は犬のようにひもでつながれていた。そんなだからそのひもが解かれると、家中を大暴れしまくったという。
 加えてまだ2~3歳の私が、SONの猫めしを一緒になって食べていたので「これはちょっと衛生上よろしくないだろう」と問題になった。
 そんな折り、あまりにも見事なシャムだったため(ホントか?)種猫にもらい受けたいという話が舞い込み、SONを正直もてあましていた両親は「仔猫が生まれたら一匹引き取る」ことを条件に彼をお婿に出した。
 しかし、気性の荒かったSONはもらわれていた家の人にかみまくり、お嫁さんとも気が合わずその結婚は失敗に終わったので、その後我が家に仔猫が来ることはなかったという。

 ・・以上が親から聞いていた話。同じ釜の飯を食い合う私とSONの写真が一枚残っているだけで、私の実感できる記憶の中にSONはいない。それなのに彼は我が家のペットとして私の中に君臨している。もう一度シャムを飼いたい・・・。いや私が飼いたいのはきっとSONなのだ。SONに会いたい。
 シャムを飼いたいが、でもSONでなければダメな気がする。

    *******************

 その後一回友人の家に泊まったとき、その家の猫が布団の中に入ってきて驚き感激したのが中学卒業の頃。

 もう少し育って大学生の頃、私はひょんなことである有名な絵本作家と知り合いになった。そしてその絵本作家に版画を刷りあげるという仕事の手伝いを頼まれ、泊まりがけで都内の印刷所に行った。
 印刷所といっても、しょぼい風変わりなおじさんが細々とやっているような所で、その絵本作家と知り合いのおじさんもやはり浮世離れした変人。
 小さな仕事場でご飯を食べていると、やおらしゃれこうべを取り出し、「これは最近近所の河原で拾ったのだが、人間のしゃれこうべに違いない」と言い自慢げにそれを見せる。私はおののき、本物なら警察に届けた方が良いだろうと思ったが、半信半疑だったので何も言えなかった。そのおじさんは宝物のようにそれを棚に置いたっけ。今思い出しても悪趣味なおやじだ。

 さて、そこにはキジトラのそれはそれは美人猫がいて(まだ仔猫)、その子が異常に人懐っこく私の足に体を何度も何度もすり寄せてくる。絶世の美人猫とはこの猫を言うんじゃないかと思ったぐらいの美猫。今だ彼女を越える猫にはお目にかかっていない。(と豪語するほど猫を知りませんが・・)
 美猫に懐かれて私も悪い気はしない。
 お手伝いが終わって狭い部屋で雑魚寝をしていると、夜中に私は息苦しさを覚えて目を覚ました。重い・・・くるしい・・・。
 もともと恐がりなので、あのしゃれこうべが気にかかっていたのかもしれない。もしや金縛り・・・・もしや霊が私の上に・・・・とおそるおそる目を開けると、なんとその美猫が私の首にのっかって寝ているではないですか。
 そのあまりにも大胆な甘えた寝方に絶句し猫を首の上から降ろしたものの、その美猫ちゃんは私から離れようとはせず、結局しゃれこうべと猫に見守られ、もんもんとした一夜を過ごすはめになった。

 あの猫は猫であって猫ではなかった・・ような気がしてならない。

以後、しばらく私の人生に猫が拘わってくることはない。
猫を飼いたくなったひょんな気持ち 
2006年02月27日 (月) | 編集 |
 家族はともかく、私は爬虫類、両生類のたぐいが好き。一番飼いたいペットは?と聞かれれば「グリーン・イグアナ」と答え、その気持ちは今でも変わっていない。
 でも愛しいイグアナは成長すれば1メートル50センチにもなると知り、いくらおとなしいとはいえ、55平米ほどのマンション住まいでは飼うことは無理な話。
 
 その代わりと言っては申し訳ないが、イモリ7匹とアホロートル(通称ウーパールーパー)一匹を飼っている。
 去年まではカナヘビ3匹を飼い、冬眠も成功させたがちょっと油断していたら3匹とも死んでしまった。決して懐くことはなかったが、手にのせるとつらつら寝入る姿が愛らしかっただけに、自分の不徳の至る所で死なせてしまったことに罪悪感を覚え、野に生きるものはもう飼うまいと誓った。

 時折水替えや餌をあげる以外に触れあうことのない、ウーパールーパーとイモリだけがペットではやはりさみしい。
 一年前にパートをやめ、友だちとの約束がなければ一日ぼ~の生活の苦痛と(贅沢ですが)、思春期を迎えつつある子供たちとのバトル。何となく殺伐とした日常を緩和してくれるものが欲しくて、(飼えばそれなりの大変さも知りつつ)心のどこかでずっとペットを求めていた気がする。

 それでも当初、猫は選択肢にはなかった。猫屋敷特有の猫臭さが記憶にこびりついていたからと、家族の誰一人として「猫が飼いたい」という者がいなかったからだ。
 
 娘はずーと犬を飼いたがっていたが、狭いマンションでは無理に近い。ペット不可物件ではないにしろ、吠える声に神経を使い、散歩の度にこそこそするようなストレスは人間ばかりか犬にとってもいいわけがない。
 そしてもっと正直に言えば、配達の仕事で犬に何度も吠えまくられた事により、私の犬好き指数はかなり低下した。躾や犬種にもよるのだろうが、「かまってちょうだい!」攻勢にも体力の限界が・・・などと友人の愛犬を見るたびに思う。

 てなわけで、私がイグアナが無理とすれば飼いたかったのは鳥。実家で数匹飼っていたので、セキセイインコのいる生活の楽しさは忘れがたい。ただ鳥については夫がいい顔をしなかった。加えてインコならば羽根を切らず、自由に飛べるようにしてあげたい願望があったので、いつか窓から逃げてしまうことは必至。かといってハムスターは臭くてうるさいし、すぐ死んでしまうのでもう2度と飼いたくない。

 ペットを飼いたいが飼えない状況がだらだらと続いていた時、「猫」というキーワードは実は複雑にじんわり私の中に浸透していたのに気がついたのは去年から。
  QUEENのフレディ・マーキュリーが愛猫「ディライア」に捧げた歌を気に止めたのがはじまりだったのかも・・・・。この曲の存在を知ってはいたが晩年の曲でもあり、私は長いことかっとばしていた。でも「フレディは猫が好きだった」という事実は段々私の心の中で大きくなっていく。

 そんなある日、友人宅に寄らせてもらった折、その家で飼われていた2匹の猫との出会いが「猫飼いたいかも」という気持ちを決定的にしたと思う。
 そのHさん宅が捨て猫を立て続けに2匹飼っていたのは知っていたが、きちんとご対面したのはその日が初めてだった。
 もう2サイ近い成猫2匹。ブチとキジトラの♂。ブチはいそいそ散歩を楽しむ傍ら、キジトラ猫は日がな昼寝をしている。「おいでよ~」と抱きしめてもするりと身をかわし、私の後ろにあるお気に入りのソファでひたすら寝入る。抱きしめるのはあきらめて、その猫に毛布代わりのタオルをかけてあげた時、思いも寄らぬ感情がざわわんとみなぎってきた。・・・・・・・かわいい・・・・・。

 そのキジトラ猫はニャンとお礼を言うでもなく、ただタオルをかけられたまま延々と寝ていただけなのだが、なんでそれをかわいいと感じたのか。
 でもその日から私の「猫が飼いたい」病がふつふつと巻き起こったわけなのです。
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