ガリガリに痩せていた白い仔猫がめぐりめぐって我が家にやって来ました。フロル(ラテン語で花の意味)と命名され、相棒アメショーのひじきも加わり、くりりん家での生活が始まりました。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
避妊手術*がんばりました。
2006年03月30日 (木) | 編集 |
 翌30日、朝10時に病院へ連れて行く。今日は一人。
なにも知らないフロル。
「5時すぐあたりに麻酔から覚めますので、電話してから引き取りに来てください。」と看護婦さんに言われしばしさよなら。


* * * * * * * *


 フロルが来てまだ半月。いないことが不思議なような、日常に戻ったような複雑な気持ち。その間に大掃除。しばしの休息。


 4時過ぎに電話する。「もうお目覚めだから、引き取ってもいいですよ」と言われ、これまた一人でお迎えに。
 すでにキャリーに入れられて、看護婦さんから渡される。先生とは面会できず「あれ~?」と思ったが「全く問題ない」とのことなので、今後の注意点を教えられ病院を後にした。

 「フロル、頑張ったね。もう終わったからね」などと声をかけてみるが、術後麻酔も覚めているのにいたって普通にしているので、「さすが動物、痛みには強いのか。」と感心する。人間だったらこうはいかない。

 病院ではエリザベス・カラーも渡されなかった。キズをなめるようだったら言ってくださいとのことだった。
 
 何事もなかったようにフロルは我が家に帰ってきたが、本当につらいのはこれからだったのかもしれない。
 水は夜まで、フードは明日の朝までお預けなのだ。すでに夕べから何も食べていない。空腹状態のフロルは餌場にいって、そこに何もないのを確認すると訴えるような目で懇願する。最初は「あれ~?ないじゃん」が「あの~、ないんですけど」に変わる。
 その状態を何回も何回も目にし、胸が痛んだ。

 ごめんよ、フロル。でもこうするのが君のため。

 午後9時の飲み水解禁にいささかホットし、夜はまたしめだしさようなら~。夫の場所に寝ている娘の部屋は開放しているので、そこで寝たのだろう。

 こんな時でも鳴かないフロルが健気で泣けるが、眠気には勝てずく~く~と寝てしまう母と息子であった。

 朝は早起きしてフードをあげよう!
 ・・・できるのか?早起き。
スポンサーサイト
よろしくお願いします。
2006年03月29日 (水) | 編集 |

 もしかして発情が終わったのかも・・・。な穏やかさ。夜明けの悲鳴に似た(そんなに大きくはなかったが)鳴き声がぴたっと治まった。

 禿げてしまった耳毛の治療経過と避妊手術の相談にフロルを獣医さんに連れて行く。生憎夫が今日から2週間ばかり出張で不在。いつもは私一人で行くのだが、今日は娘と息子が同行した。

 そそうの原因は分からない。でも発情も関係しているかもしれないし、何より発情しながらその相手がいない姿を見るのは忍びない。

「発情終わりました。手術お願いします。」と申し出ると「う~ん、予約見てみましょう」と言いながら「早くて明日ですね。」との事。「え?そんなに早いの」と少し動揺する。

 実は以前避妊手術の相談をした時に、卵巣摘出だけだと言われていた。でも本を読んでもボランティアさんの話を聞いても、卵巣&子宮摘出がポピュラーで、子宮を残した場合後々ガンにかかる可能性もあると聞いていたので、どちらにするか決めかねていたのだ。
 無論リスクは少ない方がいい。プラス5000円で両方摘出も可能と言われていたので、当初は2つとも取ってもらうつもりでいた。
 しかし獣医さんは、「卵巣をとればホルモンも出なくなり、子宮もどんどん小さくなるしガンになるという話はあまり聞いたことがない」と言う。卵巣のみの方がキズも小さく、万が一膀胱への影響もない、と。

 どうするか決めかねていたのだが、子供たちとも話し合って、この病院で通常行われている卵巣のみ摘出でお願いすることにした。両論あるが、どちらが正しいのかは分からない。不要なことはあまりやりたくなかった。

 加えてこの病院は即日退院させるという。どの本を見ても避妊手術の場合は入院が必要だと書いてあったのに。
 不安は残るが、でもここは24時間対応。必要以上のことはやらない姿勢もよいのかも。(後にボランティアさんに聞いたら、即日退院させる病院は腕に自信があるところが多いとのこと)任せてみよう。

 費用は卵巣摘出のみで18000円。市の補助は昨年終了していた。

 さあて、今日の夜から絶食である。避けては通れない手術であるが(里親になる条件であるため)不安、不安。
 がんばるんだよ、と言ってみる。
お宅訪問
2006年03月27日 (月) | 編集 |
flor-3-27.jpg

(↑先住猫が隠れてます。さてどこに?)

 発情中だったが、友人宅におじゃました。ここの家の猫ちゃんは♂だが去勢済。
 実はここは以前書いた、私がふとん代わりにタオルをかけてあげた猫ちゃんのお宅なのだが、なんとその猫ちゃんは数週間前に交通事故死してしまったのだった。
 残された猫ちゃんはしばらく相棒を呼んで探しているようなそぶりを見せていたが、今はようやっと飼い主共々立ち直り始めているあたりだったのかも。
 そんな時に・・・と訪問を躊躇したのだが、友人Hさんは「ぜひ連れて遊びに来て」と言ってくれた。なにしろ、彼女の家の猫ちゃんがあってのフロルなのだから、会ってみたいと・・・。

 フロルが場所見知り、人見知りしないのは分かっていたが、猫はどうだろう・・・。
そんな心配をよそに、彼女はすこすことHさん宅を徘徊し、先住ちゃんのトイレを勝手に拝借し(一応持参したんですけど)、水も餌もさっさと頂戴した。(これも一応持参したんだけど(^^;)

 事故死した相棒にも最初の一週間は「シャー」と威嚇したという先住ちゃんは、フロルにも思いっきりふき、「なんじゃこいつは」と不快感を露わにした。しかし、性格がいいのかお馬鹿なのか、フロルがおかまいなしにその後を追っかけ回すものだから、自分の家でありながら先住ちゃんが逃げ回る羽目になってしまった。

 しかしそこは猫同士。威嚇しながらも先住猫はフロルが気になって仕方ない様子。寄れば威嚇するくせに、気がつくとある一定の距離を保ってちゃんとその側にいるのである。

 まもなく2才になろうというその猫と比べるとフロルはたいそう小さくかわいらしく見える。

 去勢猫に発情することもなく、ご対面&お宅訪問は無事終了。お騒がせしたしました。
猫のため息
2006年03月26日 (日) | 編集 |
猫って日がな一日、本当によく眠るんですね~。
それでもって、「ふっん」ってため息つくんだ。
知らなかった。か~わい~。
   flor-3-20.jpg



そして猫はやっぱり丸くなって寝る!
かわいいぞ、かわいすぎる!
   flor-3-23.jpg
(↑パウダービーズの発砲スチロールを入れた自作クッションにて。
最近は見向きもされないのが悲しい...)
涙の布団洗い
2006年03月22日 (水) | 編集 |
 今にして思えば、それは3日目の発情とともに始まった・・・。

 明け方、まだ暗い夜中の3時前。
フロルは決まって餌をほしがり、餌を食べ終わると目をらんらんと輝かせ、布団の上を走り回り興奮状態になった。うんちもその頃にするので、起きて始末しなければならない。
 しかし、問題はその後のことだ。


 夜中に起こされるのはつらいが、これも覚悟のこと。遊びにつきあうのはいいとして、朝、もうろうとしながら布団をかたづける時、異変に気づく。

うっ、なんだこの冷たい感触は・・・・。

 息子と私の掛け布団の上が冷たい。嗅いでみるまでもなく、フロルのおしっこであることはすぐに分かった。

 がびょーんとショックを受けながらも、「まあ、そんなこともあるわな。」と平静を保ってカバーをはずし洗濯機へ。
 しかしそのシミは中にまで浸透していた。くんくんと嗅いでみる。
・・臭い・・。

 掛け布団は羽毛布団であった。根気よくとんとんと染み抜きの要領で上から叩き、日干しし、お昼に取り込み嗅いでみた。
・・・・臭い・・・・。

 仕方ないので(羽毛だが)息子と私の2枚を浴槽にお湯を張って(部分的に)洗剤でもみ洗いをし、その後タオルドライして日干しする。

 メスでも放尿してしまうのだろうか・・・。たまたまってこともある、と私はまだ落ち着いていた。
 しかししかし、次の朝起きてみたら、今度は敷き布団が被害を受けていたのだった。
オーマイガッ。
・・・そしてそれはその後毎日続いた。

 おしっこは濡れタオルで叩いて干しただけでは匂いは取れない。匂いが残るとまたされてしまうし、いくらファブ○ーズでごまかしても焼け石に水。
 私は半べそ状態になりながら、またまたお風呂に熱湯を張って今度は敷き布団を浸し、その箇所を洗う。
 敷き布団は羊毛なので、しっかりと水を吸い込むからやっかいだ。半日干しただけでは到底乾かず、取り込んだ後にアイロンを当て蒸気でとばす。そしてまたその布団で寝て、翌日再び愕然とするのである・・・・。

 なんで、どうして。(T_T)
 フロルに聞いても答えてくれない。仕方なくレジャーシートの大判を買い込み、とりあえず敷き布団を死守。子供達はごわごわしていやだと言うが、背に腹は替えられない。

flor-3-31-1.jpg (めっだよ、めっ!)

 フロルのそそうは布団を敷いた時だけで、不思議と違う部屋で寝ている夫は無傷。だいたい被害にあうのは息子の布団。これは匂いが残ってしまうせいなのかもしれない。

 またおしっこをされているかと思うと、恐くて寝た気がしない。朝が恐い。起きるなり私はくんくんと布団をかぎまくり、落胆し、布団洗いおばさんになるのである。
 
 軽くノイローゼになりそうだった。ボランティアさんに電話で相談したが、ボランティアさんは「よくあることよ」とは言ってくれなかったので、ますます落ち込んだ。本を読み情報を求めたが、♀のそそうについて触れてある本はほとんどない。
 
 考えられることは
1、まだ来たばかりで慣れていない。
2、そういえば発情もしている。
3、あてつけ
などだろうか。今思うとその全てが当てはまっていたのだろう。スプレーではないのだから、そそうにメスもオスも関係ない。

 特に3のあてつけについては、現場を目撃している。
 フロルは爪研ぎを壁でするので、「そうじゃないでしょ。ここでしょ」とすご~くやさしく言って移動させたのに、その爪研ぎに背を向けて、なんと私の目の前でクッションにおしっこをしたのだ。ジョ~と。
・・・・・・まあ、いいでしょう。クッションならば・・・・。

 でも布団の上は?猫がいつまでもそのことを根にもつわけでもないだろう。
耳の治療で通っていた獣医さんに聞いてみても「さあねぇ」と明快な回答も得られなかった。正直途方に暮れてしまった。

 フロルはかわいい。かわいくてたまらない。でもそそされるのはつらい。

 止まらないおしっこに、再度ボランティアさんに電話すると、「ならば夜は寝床に入れずに閉め出してみたら?」と提案される。
 この頃にはもしかしたら発情と関係あるかもしれないと思い始めていたので、あと数日、避妊手術する日までそれも手かもしれない。
 子供たちは猫と寝るのを楽しみにしていたし、私も夜になって思いっきり遊びたがるフロルを布団から閉め出すのはしのびなかったが、正直毎日の布団洗いは堪えていたのだ。

flor-3-25-3.jpg (君に罪はないが・・・)

 かわいそうなフロルは夜になると布団部屋出入り禁止となった。やはりそそうは布団だけだったようで、朝起きてもどこかにおしっこをされた形跡はない。
 とりあえず、避妊手術が無事終わるまで。安定するまで、夜の間はさようなら。
ああ、安眠、熟睡。
 朝、布団を嗅ぎ回ることも、浴槽での洗濯もアイロンがけもなくなった。いつまでこの隔離作戦をとるかは未定なれど、ありがとうボランティアさん。(感涙)


* *  * * * *

 フロルのそそうは人間で言うとおねしょ。なのに猫相手では不思議と腹がたたなかった。(当たり前か)
顔で笑って心で泣いて、私は黙々と布団を洗った。
 かわいいからというより、言って分かる相手でなければ腹も立たないと言うことだろうか。我が子相手じゃこうは寛容にはなれませむ。


 そういえば息子が3才頃、おねしょをしてしまった時(それも梅雨時)「おねしょじゃない!」と言い張ったことがあった。
 私はあきれて「じゃあ、この濡れたものはなんなのさっ」とつい声を荒げて問うと
「涙だ」
と半べそかきながらのたまった。

 それでなんだかもう怒る気もしなくなって笑っちゃったんだけど、それを聞いた友人が「詩人だね~」と感心して褒めてくれたっけ。

 猫はどうでしょう。
無論泣きませんが、詩人ではあるかも。

 

年齢詐称疑惑?(爆)
2006年03月21日 (火) | 編集 |
 不安的中。私は予想通り、それから毎日午前3~4時ぐらいにフロルに起こされることになった・・。(子供は全然目覚めない。若いって素晴らしい)
 時には餌の催促、遊んでの催促(かと思われる)、時には不審な物音で。なにしろ我が家にはイモリやウーパーがいたり、3DKの間取りのせいで台所がオープンなのでレンジ台に上がられたりの危険がいっぱい。

 不思議なことに普段は地震でもそうは簡単に目が覚めないのに、フロルの物音、気配一つでばちっと反応してしまう。
 人間その気になればできるもの。やる時はやる、それとも愛?


 さてさて、当初フロルは3ヶ月ほどの白猫♀。というプロフィールで我が家に紹介されてた。
 3ヶ月の猫というのがいかなる大きさなのかは飼ったことがないので定かではないが、いかに猫の成長が早いとはいえ、やはりかなり小さな猫に違いない。普通にそう思っていた。

 しかし初めて目の前に現れたフロルは、痩せほそって貧相だったとはいえ、「うん?これで3ヶ月?」な大きさであった。無論仔猫らしさは漂っていたし、小さい仔猫に固執していたのは娘だけで、その彼女が選んだ猫ちゃんなので、引き取った後は3ヶ月だろうがなかろうが、どうでもいいと言えばどうでもいいことなのだが。

 
 そして3日後、とんでもない事実に我が家はプチ・パニック状態に陥る。

 自称(?)3ヶ月のフロルは来て3日目に発情した・・・。

 本によれば冬生まれの猫にないことではないらしいし、折しも春の訪れも重なりそういう季節ではある。しかし、そんな馬鹿な。3ヶ月ほどで発情するなんて・・。

 フロルは非常に大人しい猫ちゃんで、めったに鳴き声を発しない子だったのに、その日の明け方から突然甲高く鳴き始め、次第にそれは日中にも及び、電話口からもその鳴き声が「うるさい」と感じるほどになった。(声自体はさほど大きくなかったが、四六時中鳴いている感じ)
 加えて、懐っこさに拍車がかかり、誰彼構わずに体をなすりつけるようになる。顔の直前で「フー、フー、」という鼻息をかけられると正直恐い。くねくね、でれんでれん。いつでもどこでも転がりまくった。

 「もしや発情?でもまさか、3ヶ月だし・・・・」
しかしその疑惑は日を追う毎に確信に変わる。

flor-3-24.jpg(←結構細長い?)


 なにはともあれしなくてはならないお約束。一回目のワクチン接種に獣医さんに連れて行く。
 「あの~、発情しているようなんですけども・・・・」
 
 「そのようですね。」

 いともあっさり獣医さんに言われ、おまけに待合室にいた老猫の飼い主さんからフロルは、「推定1才」のお墨付きをいただいた。(^^;)
 まあ、1才はオーバーとして、だいたい初めて発情を迎える6~7ヶ月ということか。

 この時フロルの体重は2キロちょっと。保護当時は1キロ半ぐらいとして、その体重から月齢を言い渡された可能性が高い。
 この獣医さんも年齢については口を濁していたし、保護猫の推定年齢というのは難しいのか結構いいかげんなのか。どちらにしても3ヶ月くらいと言われてしまったフロルの、保護時の痩せぶりを想像すると胸が痛むモノがある。

 とりあえず、第一回目のワクチンを打ってもらって、ついでにはげてしまった両耳の診察もしてもらい(けがによるものかと思われたが、実際は皮膚病でもなく、どうやら虫によるものだったらしい)、避妊手術はワクチン接種後一週間以上開けなければならないので、今日のところは様子を見ることに。

 しかし、実はその一週間が長く感じる別のトラブルが同時進行で起きていたのだった。

 いや~生き物を飼うって涙が出るほどステキで大変。(^^;)
至福のとき
2006年03月19日 (日) | 編集 |
 翌19日。日曜日とあって、部活でいない娘以外は全員家にこもって、猫ちゃんかまいまくり。
 特に息子はフロルを独占し、片時も離そうとしない。まさに「猫っかわいがり」とはよく言ったもの。
flor-3-19-4.jpg

flor-3-19-3.jpg

(↑うれしいのはよく分かるが、独り占めはずるい~)


 おもちゃを使って遊ばせることも試みる。このおもちゃも100均で買いそろえたもので手作りしたのだが、結局なんでもないゴムのひもが一番気に入ったようだ。
flor-3-19-2.jpg flor-3-25-2.jpg

(↑待て!のポーズ?  か~わい~♪)

 また数あるぬいぐるみから、キウイをフロルに献上。早速立ち上がって噛み付き、がしがし。
       flor-3-19-1.jpg



 午後からは近所に住む実家の母と姉が猫を見に来た。心配性で最近頓にネガティブ思考の母は当初、猫の飼育にいい顔をしなかったが、帰省などの折には実家に預けることもあるので面通し~実家へのならしは必須事項である。

 母とフロルの話はまた後日に......。
いよいよご対面!
2006年03月18日 (土) | 編集 |
 なんとも長い一週間だった。必要最低限と思われる受け入れ準備を整え、「3月18日にお連れします。」というボランティアさんを朝から待ち続ける。

 息子は猫が人と一緒に寝るものだと聞いて、「誰と寝てくれるかな~」(自分だったらいいな)と楽しみにしている。
 なにせ、私と息子はこの日が初対面、はじめましてよろしく、の日なのだ。

 わざわざI県から来てくれるボランティアさんは、我が家に来る前に犬を引き渡すとのことで、一日首を長くして待っていた我が家に猫がやってきたのは夜の7時を回っていた。


 ケースの中から「ニャー、ニヤー」とか細い鳴き声が聞こえる。
どうやら早く出せということらしい。
 目の前に現れた白猫は、想像していたよりも大きかった。その体は薄汚れていて、涙やけもくっきり。耳の後ろはグレー色に汚れ、毛もほとんど生えていない状態。小さいというよりはやせている。

 解き放たれて、猫はすぐさま我が家を探検しまわった。トイレも一発で覚え、えさもほどなく食べ、驚いたことにすぐに懐き、抱かれた。

「この子は大丈夫ねえ。神経質な子だとしばらく隠れて出てこなかったりするんだけど。」
 活発というより好奇心旺盛。なるほど警戒心ゼロだというのがうなずける。

  flor-3-18.jpg

  ↑いきなり抱きしめOK。

 ボランティアさんから必要書類(避妊証明書、受け取り証明)を預かり、新しい家族としての証拠記念撮影も終え、爪とぎやフードを持参してくれたにも拘らず、謝礼や必要経費を受け取らずに立ち去ったボランティアさんに深く感謝して(ホント頭が下がります)、新しい家族を受け入れたのであった。

 今日はあまり手を出すな....という制止も空しく、子供たちを中心にみんなでフロルを奪うようにして抱いた。
 そしてその夜、息子~私~娘と敷いた布団の間で(狭いので夫は別部屋)フロルはどこで寝ようか一晩中右往左往し、落ち着かない様子。
 全く両側でネコを呼ぶものだから、間に寝ている私は完全に顔の上を猫またぎされるはめに。

 そしてそして、まだ夜の明けない午前3時過ぎ、フロルのさわぐ音で私一人目覚めることになる......。

 そういえば、猫って夜行性。遊んでほしいの?かまってほしいの?餌よこせ?

おそらく全部だったに違いない。
 う~ん、これから毎晩これが続くのか?

 しかしこんなのはまだまだ序の口。この時の私は、もっともっとトホホな仕打ちをその後味わうことになろうとはよもや知る由もなかった.....。

名前はフロル
2006年03月17日 (金) | 編集 |
 白猫ちゃんの里親になることが決まって、スキーを終えて日曜に帰宅してみると、家にはすでにトイレ、トイレ砂、爪研ぎ、キャットフード各種とりどりが揃っていた。・・・あまりの手配の早さに唖然。

 いやいや、実は私にそんなことは言えないのであった。何を隠そう、まだ猫探しの真っ最中、決まってもいないうちから私はこつこつと段ボール等を駆使して、猫ハウスを作成していたのだから・・・。
 「お母さん、こんなのまで作っちゃて、これじゃもう猫飼わないわけにはいかないね。」とか
「こんなに一生懸命作って、猫が入らなかったらお笑いだね」などと子供に言われ、夫からは「いいからほっときなさい。お母さんは自分が作りたくて作ってるだけなんだから」などと暖かい言葉をいただいて涙していた私である。

 猫がくるまでの一週間。私は図書館でどっさり猫の飼育関係の本を借りあさった。正確には飼ってもよいとお許しが出た時から借りまくっていたのだが、現実のコトになった今、夫もそれらの本を手に取るようになった。
 なにせ私たちは猫の生態を全く知らなかったのだから始めの一歩から勉強しなくてはならない。

 そしてなにより優先すべきは、名前を考えることだ。
 4人それぞれが思い思いの名前を考え出し合った。が、各人自己主張が強く、人の意見はことごとく却下しまくった。
 誕生日が近かったので、当初は命名権は私にあったはずなのに、息子も娘も人のアイデアは全て否定し聞く耳持たない。
・・・・・育て方をまちがっただろうか・・・。

 ちなみに夫はブラジル人のような「カカ」とか「モモ」、「キキ」「ジジ」または「テト」などをあげ、私も短い名前は賛成だったのでそれに「ヴィヴィ」を加えてみた。
 ♂なら「アズーリ(イタリア語で青)」、響きのいい「スラッシュ」、F1で好きだったマンセルから「ナイジェル」なんてのも考えたが、そうそう猫は♀なのだ。
 娘は「ミント」がいいと主張し、「ジジ」だの「ヴィヴィ」だのは絶対いやだと言い張った。
 本来は命名権は子供に託すのが正しい親のあり方だとは思うのだが、私もかなりわがままなので妥協はしたくない。だいたい猫を飼いたいと言い出したのは私であるからして・・・。(ぼそ)

 そんな時息子が「フロル」は?と提案。実は私もその名前は候補にいれておいたので(萩尾望都の「11人いる!」のフロルベリチェリ・フロルから連想)、それならいいかもと思い、娘もミントでないならそれでいい、ということでその名に決定。決まるときはあっさり決まるものだ。

 調べ物好きの夫はネットなどでその意味を検索。ラテン語で「花」、フローラから来ているとのことで、♀だし「花」、いいじゃんいいじゃんと皆納得した。
 しかしその際、ネットでは動物墓地「フロル」が検索でわんさか出てきたのだ。
動物墓地・・・・なんか不吉かも・・・。いいや「花」だよ、ラテン語だよ。私たちは「これは見なかったことにしよう」と検索画面をそそくさと閉じ、その事実を封印した。

 かくして我が家の白猫ちゃんは「フロル」と命名された。名付け親が息子であることがちとくやしいが(^^;)、まあ決まって何より何より。
それが私(フロル)です。
2006年03月11日 (土) | 編集 |
 MIX猫の保護主さんはI県の人だったが、私が住むS県のS市のボランティア団体に所属されていた。後で聞いた話、S市のボランティア団体はかなり活発な活動をしているということだった。・・・灯台もと暗し。

 MIX猫とは縁がなかったが、「探しているので、また何かあったら声をかけてください」と言ったことを気に留めてくださって、その後まもなく連絡をいただいた。
 「3ヶ月ほどの白猫。メス。目はブルー。今度の土日にS市の駅前でお披露目されます。良かったら見に行ってください」と。

 ところが残念なことに、私と息子はボーイスカウトのスキー活動でその土日は不在。今回は難しいとその旨伝えたが、せっかくの情報を無視するのも気がひけたので、お留守番の夫に「これこれこういうことだから、見に行けたら見に行ってみて」と言い残し、私と息子は旅立った。

 さて困ったのは夫だろう。自分は積極的に飼いたい人間ではないし、かといって見に行ったとして「この子でどうですか?」と言われたら「いやこの子は・・」と断ることは恐らくできないに違いない。(←正解)
 しかし奥さん(私)の「見に行けたらでいいからね。」は夫にとっては「見に行ってこい」と同義語らしいので、結局の所「別にそんなに飼いたくもない」夫は、駅前に足を運んだのであった。

 ゲージに入れられ、ほとんど微動だにしない成猫の中にあって、その猫だけが小さくあれこれと動きまくっていた。そこにはこの猫を保護した親子もいて、保護した状況を教えてくれた。 
 ガリガリにやせて彷徨っていたこの白猫は、保護した娘さんについて回り離れようとしなかった。そのあまりにも警戒心のない無防備さと、痩せた状況から過酷な日々を過ごしていた哀れさを思い保護したが、そのお宅は犬や猫がすでにいて、先住猫は猫エイズにかかっているために一緒に飼うことはできない。一刻も早く里親を見つけたいようだった。
 もし、夫が「うん」と言わなければこの猫は翌日には横浜の街頭で里親を捜し、それでも見つからなければインターネットで探すことになる。

 「見に来ている。目は青でかわいいよ」と夫からスキー場の私にメールが入る。
「あら、結局見に行ったんだ」(←いいかげんな人)

 しかしその夜「決めたから」とのメールが来た。そしてそれはまさに想定外のことだった。

 夫は自分では決められないと、遊びに出かけた娘をそこに呼び出し彼女に決めさせた。娘は実はすぐ飼えれば何でもよかったらしく、(と言うのは言いすぎか)見るなり「かわいい、この猫でいい」と親もあきれるほどの即決。今日にでも引き取りたいと申し出たが、目やに・くしゃみの風邪症状があるし、受け入れ態勢も整えなければいけないとのことで、一旦保護主の預かりとなった。

 メールで成り行きを教えてもらい、あまりにもあっけなく決まったことに面食らい、加えて白猫といっても夫の好まないイカニモなノラ猫である。

「本当にその猫でいいの?」
自分が見てないせいもあって思わず聞いてしまったメールに
「これも縁だから」と夫は返信してきた。

・・・・そうか、縁だよな・・・・。

 この「縁」という言葉が全てだ。きっと。

彼女が我が家にやって来るのはその一週間後のことになる。

 flor-3-11
(↑それが私です。保護された時はもっとがりがりでした。ちなみに後ろに写っているのはボランティアさん)
猫ちゃん、決定!
2006年03月05日 (日) | 編集 |
 目の前に対象となる猫がいて、さあこの子をどうする?ということであれば話は早いのだが、毎日毎日更新される猫から一匹を選択することはこのうえもなく難しい。一応、家族全員のOK もできればとりたい。(・・ただこのOKというのは実はさほど重要ではなく、結局飼ってしまえばどの子でも「おまえが一番!」になるのだということは後々実感)

 最初はシャム系ばかりに目がいっていたが、ある日これはという猫に出会った。アメショーMIX風、グレーの縞、3ヶ月半、♂。一応家族に画像を見せて、だめもとで応募。
 しかしただでさえ仔猫の少ない時期。ましてMIX猫ということで応募者は殺到したらしく、我が家は里親にはなれなかった。保護者の方と何回か連絡をとりあったが、お互いの都合も合わず見学することもできず、結局は縁がなかったということであきらめるしかない。
 でもこのことがきっかけとなって、我が家の猫ちゃんが決まることになろうとは・・・。縁はイナモノ、出会いの運命は着実に動いていたことになる。
猫さがし
2006年03月02日 (木) | 編集 |
 さて、猫を飼うにあたっての最大の関門は夫。小動物ならさほどの許可も必要ないけれど、さすがに猫や犬だとその意志を無視するわけにはいかない。おまけにはるかに小さい「鳥飼いたい」は却下されている。

 息子はペットなら基本的になんでもよく、「犬だ、犬だ」と騒いでいた娘も「マンションに吠える犬は無理!」で納得させることは可能。もともと娘は息子以上に飼えるなら何でもいい、な人なのだ。(それは後々顕著に表れてくる)

 ある日私は息子を手招きし、「ねえ、猫飼いたいよね~」とささやいた。息子は親がそんなこと言うなんて晴天の霹靂だったようで、すぐさま瞳をきらきらさせて「うん、飼いたい!飼いたいよね、猫」と言い、私の制止を振り切ってすぐに父親にもとにすっ飛んでいった。
「お父さん、猫飼ってもいい?」と直球攻撃。
・・・そして見事に撃沈・・・・・。

 「バカだね~。ものには順序、作戦てものがあるんだから」とその日から小細工開始。
 さり気なく猫の本を買ってテーブルの上に置いたり、ペットショップで仔猫の前で「かわいい~、飼いたいね~」とつぶやいたり、小さい頃シャムを飼ってたんだなどと昔話を持ち出したり・・・。
 しかし敵もさるもの、みごとに反応なし。こうなったら単刀直入に切り出すしかない。後は時期の問題。いつ、どうやって、どんなタイミングで?
 おまけに方々から複数飼いが良いとの情報を得て、私もその気にもなっていたがいきなり2匹なんて無謀すぎる。まずは猫を飼う、そのことを了承させなければ・・・。さてさてどうする。

 もんもんとすること三ヶ月あまり。娘の学期末試験が終わった頃を見計らって、ついに告白。
「猫飼いたいからね。いいでしょ」。

 夫の反応 「はあ?なにそれ」
ついでに、「どこにも出かけられなくなるぞ」「臭いぞ」「家がめちゃくちゃになるぞ」と一通りのネガティブ意見を述べた後「お父さんに決定権はない」とあっけなく了承。あ~意外。あ~むちゃむちゃ緊張した~。でも良かった~。

 そして晴れて猫さがしが始まる。

* * * * * * * *  *

 猫を探すには、1、ペットショップなどで買う。(手っ取り早いが高い)2、偶然捨て猫に出会い拾う(確率的に非常に低い)3、ボランティア団体などからもらう(難しそう)4、ネットで探す。などが考えられた。
 まずペットショップで買うということは選択肢にはなかった。だいたい十数万から二十万ほどのお金を出して買う気はない。(というより金がない)
 ネット友だちのサイトにリンクされていた里親募集を毎日覗いたり、シャム猫無料掲示板を覗いたり、もうひたすら「無料」にこだわったのは、不幸な猫を救いたいというよりもお金がないからというのが正直なところ。半ば強引に飼うことを許可してもらった負い目もあって、散財することは考えられない。

 ところが時期は折しも3月の始め。今ようやっと仔猫が生まれてくる時期とあって、どのサイトを覗いてもなかなか仔猫には巡り会えなかった。飼えば長くて20年ぐらいは我が家の一員となるからには、やはり少しはこだわりたい。
 以前シャムを飼っていた私はなんとなくシャムなどのMIX、色はグレー系を希望。息子はなんでもいいらしく、娘はとにかく仔猫。夫はなんでもいいがドラや茶トラ猫だけはやめてくれと言う。(これには理由があるらしい)

 なかなかこれという猫を見つけられない時、ネット友だちからショップでもシーズンだと2~3万でMIXが出ることもあるよとの情報をいただいた。でもそれは猫があふれ出す4~5月頃。
 実はすぐにでも猫が欲しかったのは私で、猫の飼育が落ち着いたらまたパートに出たいと思っていたのだ。そのためには5月頃なんて遅すぎる。・・・でも仔猫はいない・・・・。もんもんもん。

私の猫歴
2006年03月01日 (水) | 編集 |
 小学校低学年の頃、飼っていた紀州犬の「ゆき」が病死して以来、「もう生き物はいや」と母が宣言したので長いペット無しの生活がその後続いた。
 しかしそんな我が家も猫を飼っていた時期がある。私が物心付く前だから、○ン十年前ということになりますが・・・。

 その猫はシャムの♂で、名前をSON(息子)といい、アメリカの駐在兵が飼ってそう呼んでいたものを帰国する際に手放し、なにかのつてあって我が家にやって来た猫である。
 それはきれいで見事なシャム猫だったそうだが、当時母も忙しくSONは日中は犬のようにひもでつながれていた。そんなだからそのひもが解かれると、家中を大暴れしまくったという。
 加えてまだ2~3歳の私が、SONの猫めしを一緒になって食べていたので「これはちょっと衛生上よろしくないだろう」と問題になった。
 そんな折り、あまりにも見事なシャムだったため(ホントか?)種猫にもらい受けたいという話が舞い込み、SONを正直もてあましていた両親は「仔猫が生まれたら一匹引き取る」ことを条件に彼をお婿に出した。
 しかし、気性の荒かったSONはもらわれていた家の人にかみまくり、お嫁さんとも気が合わずその結婚は失敗に終わったので、その後我が家に仔猫が来ることはなかったという。

 ・・以上が親から聞いていた話。同じ釜の飯を食い合う私とSONの写真が一枚残っているだけで、私の実感できる記憶の中にSONはいない。それなのに彼は我が家のペットとして私の中に君臨している。もう一度シャムを飼いたい・・・。いや私が飼いたいのはきっとSONなのだ。SONに会いたい。
 シャムを飼いたいが、でもSONでなければダメな気がする。

    *******************

 その後一回友人の家に泊まったとき、その家の猫が布団の中に入ってきて驚き感激したのが中学卒業の頃。

 もう少し育って大学生の頃、私はひょんなことである有名な絵本作家と知り合いになった。そしてその絵本作家に版画を刷りあげるという仕事の手伝いを頼まれ、泊まりがけで都内の印刷所に行った。
 印刷所といっても、しょぼい風変わりなおじさんが細々とやっているような所で、その絵本作家と知り合いのおじさんもやはり浮世離れした変人。
 小さな仕事場でご飯を食べていると、やおらしゃれこうべを取り出し、「これは最近近所の河原で拾ったのだが、人間のしゃれこうべに違いない」と言い自慢げにそれを見せる。私はおののき、本物なら警察に届けた方が良いだろうと思ったが、半信半疑だったので何も言えなかった。そのおじさんは宝物のようにそれを棚に置いたっけ。今思い出しても悪趣味なおやじだ。

 さて、そこにはキジトラのそれはそれは美人猫がいて(まだ仔猫)、その子が異常に人懐っこく私の足に体を何度も何度もすり寄せてくる。絶世の美人猫とはこの猫を言うんじゃないかと思ったぐらいの美猫。今だ彼女を越える猫にはお目にかかっていない。(と豪語するほど猫を知りませんが・・)
 美猫に懐かれて私も悪い気はしない。
 お手伝いが終わって狭い部屋で雑魚寝をしていると、夜中に私は息苦しさを覚えて目を覚ました。重い・・・くるしい・・・。
 もともと恐がりなので、あのしゃれこうべが気にかかっていたのかもしれない。もしや金縛り・・・・もしや霊が私の上に・・・・とおそるおそる目を開けると、なんとその美猫が私の首にのっかって寝ているではないですか。
 そのあまりにも大胆な甘えた寝方に絶句し猫を首の上から降ろしたものの、その美猫ちゃんは私から離れようとはせず、結局しゃれこうべと猫に見守られ、もんもんとした一夜を過ごすはめになった。

 あの猫は猫であって猫ではなかった・・ような気がしてならない。

以後、しばらく私の人生に猫が拘わってくることはない。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。