ガリガリに痩せていた白い仔猫がめぐりめぐって我が家にやって来ました。フロル(ラテン語で花の意味)と命名され、相棒アメショーのひじきも加わり、くりりん家での生活が始まりました。
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実はみんな猫が好き?
2006年04月07日 (金) | 編集 |
・・と思うことが猫を飼ってみての実感。

 猫を飼った・・というとわらわらと猫好きの人に出会い、HPで交流のある人たちも実は猫を(しかも複数)飼っていることを知り、子供の友人たちもぞろぞろ猫を見にやって来て、「きゃ~かわいい」「家も飼いたい~」「猫の方がいい」(←犬を飼っている子)などと黄色い声をあげる。
 
 でも一般的にはペットというとやはり犬の方が優勢。我が家とて仮に一軒家だとしたら、娘の希望に添って犬を飼うことになったかもしれない。(・・それともイグアナ?)

猫は眼中になかった。
何故だろうか。
猫にいいイメージを持っていなかったせいだと思う。

 長く犬猫飼育から遠ざかっていた私には 猫=「車に潰された姿」「ゴミをあさる」「寄ると逃げる」「交尾時期の声がうるさい」などというイメージが強く、中でも車にひかれたイメージは強烈にこびりついていた。
 幸い自分がそういったことに遭遇することはなかったが、轢きそうになったことは何回か有る。(これは真実ではないらしいが)「猫は後戻りができないために轢かれる」と聞いたこともある。
 なによりも「化け猫」や「猫はたたる」という言い伝えのためなのか、「轢かれた猫を見たら哀れんではいけない。猫の霊は哀れんでくれた人に乗り移る」と真しやかに吹き込まれ、恐れていた。

 つまり・・・猫=陰湿なイメージなのである。


 夫は私が猫を飼いたいと告白した時、「え~」と言い、茶トラだけはやめてくれと主張した。それが良くその辺でゴミをあさり、車の上に足跡をつけていく憎い奴・・・という事以上に、子供時代のいやな想い出によるものだと聞かされたのは最近になってから。

 小学生の頃、誰しもカエルや昆虫などを弄んで惨い仕打ちをした経験があると思うが、夫が言うには、上級生の悪ガキがよく猫を捕まえてはいたずらをしていたという。(本人曰く、自分ではないとのこと)
 悪童たちのすることだから、手足を傷つけたり・・・その体を痛めつけるようなそんな仕打ち。今では犯罪の第一歩と要注意行動にあげられるが、小動物への虐待は今に始まったことではないのだ。

 その惨い仕打ちを受けていた野良猫たち。その象徴が茶トラ猫なのだそうだ。その姿は思い出したくもない悲惨なものだったに違いない。

 加えて猫は犬のように吠えたり追っかけたり攻撃したりせず、じ~と(恨めしそうに?)見つめるだけだから、ますます持って陰な印象を与える。
 猫には全く罪のない話なのだけれど。

 実家にも野良が出没すると置きみやげしてくれたり、居着かれると困るからと追い払うことが多くて、長い間猫とはいい関係を築いてこなかったように思う。
 今となっては、何故もっと前から猫を飼わなかったのだろうと悔やむことしきりなのだが、つまるところ今までは飼いたいという気もおきなかったし、保護を必要とする捨て猫に出会うこともなかったし、縁がなかったのだろう。

 飼いたいと思ったときが飼い時。

 一度飼って触れあってしまえばたちまちその魅力に取り憑かれるのに。それを証拠になんの期待もしていなかった(であろう)夫は、「猫ってこんなに飼いやすいんだ。臭わないんだ。楽なんだ。かわいいんだ。」とすっかり猫派になり、会社でも部下の猫大好き人間と猫談義に花を咲かせている。

 そして驚いたことに、私には言い出せなかった「もう一匹=つまり多頭飼い」を口に出したのである。
 「フロル、オマエモナカマガホシイヨナ」

 きょえ~~~~~。
私がしこたま図書館で借りてくる猫の本を横から持て行き、猫の知識を得て、2匹目を物色する夫。
 よもやこんな展開になろうとは。

flor-4-7-2.jpg   flor-4-7-3.jpg


 男は意外と猫が好き?
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